すでに観測されている事柄について、その再現性を検証したり、さらに詳細な観測を行う実験も重要である。実験で得た結果が物理学的に有意な結果であることを示すためには、同じ条件で実行する限り誰がいつどこでその実験の行っても同じ結果を得るであろう事を示す必要がある。得られた結果が、実験に際して考慮されなかったわずかな条件のずれによる偶然の現象である可能性は常に考慮されなければならない。また物理学の実験は一般に技術的限界に挑むものである場合が多い。そのため一回目の実験においては、そこに"何か"があることを示すことが精一杯で細かい情報までは得られないことも多い。その細かい情報については後の実験によって補わなければならないことも多いのである。
物理学ひいては科学全体の営みの中で、実験という行為は非常に重要な意味を持っている。そのため科学哲学(科学の意味や正当性について議論する哲学の一分科)においても実験という行為は頻繁に議論の対象となる。例えばポパーの提唱した反証主義においては実験は最重要の位置づけを与えられている。すなわち「反証可能性」(実験によって否定される可能性)を持たない理論は科学理論とは言えない、というのが反証主義であり、現在も疑似科学と科学を分ける判定基準としてよく参照される。また「ヒュームの懐疑」という有名な議論もある。これは次のような議論である。
「二日前に太陽が東から昇ってくるのを私は観測した。昨日も、そして今日も、太陽が東から昇ってくるのを私は観測した。」
このとき次のように予測することは科学者として自然な行為だろう。すなわち「明日も太陽は東からのぼるだろう」と。しかしこの問題に対してヒュームは次のように主張した。
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「二日前に太陽が東から昇ってきたのを私は知っている。また昨日も今日も太陽が東から昇ってきたことは知っている。しかし明日、太陽がどこから昇ってくるかについては、私は何も知らない。」
このヒュームの懐疑は「帰納の正当化」の問題として一般化されており、科学哲学の重要なトピックスのひとつを構成している